ある日のレッスンから
ある日のレッスンから
中1男子O君(7/26)
(この日のレッスンポイントだけ読まれたい方は、*レッスンの重要ポイントへお進みください。)
生徒のプロフィールなど
難関の名門校にこの春入学したO君。めでたく入学できたのでピアノを再開。
小学2~4年生の間だけ習い、ピアノは久しぶりだそうです。
秀才ぞろいの中、勉強が大変!自宅練習は少ししかできないので、
1時間のレッスン時間内に、今指導した方法で練習し、確実に効率を上げることにしました。
レベルはまだ初級前半で、読譜力も落ちたのか、始めは少しおぼつかない様子でした。
選んだテキストはバイエル。
近年何かと批判されてきた教本ですが、ドイツ人のテキストらしく、
各曲の練習目的とその進め方が理路整然としていて、
必要なさまざまなテクニックが盛り込まれている点で、
とても評価できる教本です。
批判される点は、教師の工夫次第で何とでも補えます。
そもそもテキストは、工夫して使うものと私は考えています。
(ただし、それらの学習目的などを深読みしないと、できないかもしれません。)
特にアメリカでは膨大な数の教本が出版されていて、日本で訳本が出版されているのは、そのごく一部です。
新しく日本で出版されたからいい教本だとは限っていません。それぞれに一長一短。それをわきまえて使われるべきです。
そのため私はバイエルを、やり直しにも最適の教本として、その後半から使用し、
主に以下の4点を目的にしています。
①各テクニックを学ぶ
②合理的な手の使い方を指導して、楽により簡単に弾けるようにする
③そうする事で音楽的に弾けるようにする
④そのため、中上級レベルになってから教わる事の多い、
さまざまな重要なタッチの使い方まで指導する
実際のところ、初心者にもそれほどの苦労もなく、十分使えるこれらのタッチは、
使ったほうがはるかに弾きやすくなり、より音楽的に弾けるからです。
そのほうが弾いていて楽しくなり、また、より速く上達できるのは、当然の事といえるでしょう。
ですから私は、バイエルを明確に段階を追えるテキストであり、メロディーを捉えやすく、それだけに初心者に適しているテキストとして評価し、初心者に積極的に使用しているのです。
今日のレッスン曲
①重力奏法の基礎練習 ②バッハ平均律1番前奏曲ハ長調 ③バイエル59番60番
バッハのこの曲は16分音符ばかり並ぶため、初学者の指導には、まず使われることはないでしょう。
しかし私は、ブログの中の「Tさんへの指導シリーズ」<その8-2>でも書いたように、
読譜練習と次の3つの「学習のねらい」を目的として、4月に来室されれてすぐの、中頃からO君にも使用。
3つの「学習のねらい」を実現するために、
「独自に作成した楽譜 *」により簡単に弾けるようにした上で、
あえて初心者のために使用しています。
よく知られている美しい名曲なので、自発的に練習したくなる曲である事も選曲の理由です。
(*この独自の練習用楽譜も、ブログ・Tさんシリーズ<その8-2>に載せています。)
3つの「学習のねらい」
この曲で私が設定する大変重要な3つの「学習のねらい」とは、
初心者に非常に多い、ミスを誘発する次の3つの原因を減らすためです。
今日のレッスン
バッハ平均律1番前奏曲ハ長調(レッスンの一部のみ)
まず和音形で予備練習をしたあと、
O君はなんと、ほぼ最後まで楽譜を見ながら、ほとんど詰まる事なく、
ペダルも使って楽譜通りすべて16分音符で、
速度はゆっくりだけど、初めて完成形で弾けたのです。
(ということは3つの「ねらい」が まずは達成できた証しです。ここまで3ケ月余り)
手の使い方も、ほぼこれまで指導してきた使い方で楽々と弾けたので、
いよいよ仕上がりは近づいてきました !
このように初学者・初心者でもこの曲は、練習法の工夫次第で十分弾けるようになれるのです。
バイエル59番
今日は自宅練習なし。弾き間違いもあり、おぼつかない状態でした。
予備練習
いつものように、左手ドミソ・シレソを和音形にして、スムーズに交代できるようにする。
次にその和音形の伴奏で両手練習。中間部の左手もソシレ・ソドミで同様に。
あといくつかのポイントをクリアして、一応音間違いなしに弾けました。
さて、ここから先がこの59番でおこなった、今日の重要ポイントです。
*レッスンの重要ポイント:楽譜も朗読と同じく、内容をよく把握して読めるようにする
問題点:一応楽譜通り弾け間違わずに弾けるようになりましたが、
まだ弾き方もぎごちなく、スムーズに音楽が流れない。
原 因:一番の原因は、音符を一つずつ弾こうとするため。(このケースが実に多い!!)
その原因は、弾くべき対象を「音楽的感覚」を伴って把握していないから。
治療法:文章の内容を正しく把握できればスラスラ読めるのと同じように、
楽譜のメロディーの音楽要素(文章の意味に相当)を十分把握した上で弾くこと。
まず治療のはじめには、文章の読み方の例で、まず原因に気づかせることです。
ちょうどその楽譜のページ下の方に
「曲の表情を具体的にするために、」との文章があり、これを教材に利用しました。
1音節ずつ「きょ・く・の・ひょ・う・じょ・う・を」と読めば、
とてもぎごちなく聞こえ、意味の把握がしにくいうえ、
速く読むのも困難です。
これを「曲の・表情を・具体的に・するために、」と読めば、
ちょっとしたリズム(音楽的感覚)にも乗れて、
意味を把握しながら、はるかに読みやすくなります。
さらに「曲の表情を・具体的にするために」や、
一気に「曲の表情を具体的にするために」と読めば、
文の内容を十分把握した状態で、より速くスラスラと読むことも簡単です。
ここまでできれば、読む時に表情をつける余裕まで生まれてきます。
楽譜の読み方も、これとまったく同じ要領でできます。
(このため「音楽とことば」には共通点があると言われているのです。)
右手のメロディーを、まず短い「かたまり」としてフレーズの把握する。
(「曲の・表情を・~」の状態)
次により長いフレーズを把握して読み取れば、
「曲の表情を・~」などの状態となり、
ぎごちなさもなくなり、余裕をもって、より速くも弾けるようになり、
しかも、まさに「曲の表情を具体的に」つけながら、
弾く楽しさを味わいながら弾けるようになれるのです。
このように楽しんで弾けてこそ、次の曲の練習に取り組む意欲も湧いてきます。
(バイエルのこの説明文は、速度標語などが書かれている理由として書かれているだけで、表情をつける具体的な方法までは教えていません。)
左手も同様に。
ド・ミ・ソ/シ・レ・ソとなっている伴奏を、それぞれ「ひとかたまり」
=フレーズ(例えば「白い」や「青い」など)に感じられるよう、
まず1小節ずつ3和音の塊りにして弾く練習をする。
(この時、ドミソ・シレソと思いながら。声に出せばなお良い。
また、ドミソなど音の代わりに、「白い」「青い」などの言葉で歌えば、
よりいっそう楽しく、より効果的に音楽を把握できます。)
この練習は、先ほどの言葉で言えば「曲の・表情を」のように、
「意味を把握する練習」に相当するでしょう。
次にその和音の「かたまり」に次々と現れる5指による
ド・ド・シ・ドというバスの旋律を、
和音の響きと共に、
メロディーとしてワンフレーズに感じる(把握する)練習をした上で、
それら片手ずつのフレーズ感を失わないよう気を付けて両手練習。
それらのフレーズを感覚で把握した上で楽譜通り弾けば、
朗読をする時のように、必ずスムーズに弾けるようになります。
楽譜通りただ弾こうとしても、
よくある先生の「弾けるまで練習しなさい!」は、
何よりも練習が楽しくないし、効率も上がらずで、全くの時間ロスです。
要は、やみくもに練習するのではなく、
感覚で正しく音楽を把握する練習をすればいいのです。
それができた時点では、もはや練習しなくても、
すでにスラスラ弾ける状態になっているのです。
音楽を把握して心の中で正しく楽しくリズムや拍子に乗って歌えれば、
すでにそう歌ったとおり弾ける状態になっています。
音楽を把握しないまま、たどたどしく何度も繰り返しピアノで練習するよりも、
はるかに短時間で、楽しく、また効果的に練習できるのです。
文章の意味を正しく把握していれば、
スラスラと何の苦も無く読めるのと、まったく同じ事なのです。
こんな簡単な原理が、不思議なことに、
ピアノを含む音楽教育の世界では、ほとんど活かされていないのです。
O君はこの20分ほどの59番のレッスンで、
今日の始めとは見違えるほど急速にスムーズになり、めでたく本日合格 !
音楽を楽しんで弾けるように、今日大きく急成長できました。
この曲は、これで弾くのをやめるのではなく、
「初めてピアノで表情をつけて楽しく弾けた」という、
一つ大きく成長できた「原点の曲」として、
またレパートリーの1曲として、
いつでも弾けるよう当分弾き続けて、
ピアノを弾く楽しさを十分味わうことがとても大切です。
ピアノレッスンクリニック芦屋 田島孝一